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Carnet 218

Saint-Valentin au Château de Coudree Ⅱ

クドレー城でのバレンタインデー その2

前回に続いて、バレンタインデーにクドレー城を訪れたときのエピソードです。
私たちはディナーの前に、アペリティフを飲みながら、ホテルのオーナーにお城の歴史を丁寧に説明していただきました。クドレー城の原形は6世紀にさかのぼるようで、ゴール民族の建築で造られていました。13世紀にフランスの当時に影響力のあったAllinges(アランジュ)家によって拡大され、本格的なお城の形になりました。それから、フランスの波乱に富んだ歴史を通じて、戦争で何回も破壊そして建て直されましたが、ようやく18世紀に入ってからは、戦争の影響がなくなり、要塞としての機能を失い、だんだんフランスの貴族たちのための娯楽と週末用の別荘のような存在に変わりました。その雰囲気は今でも残っています。

クドレー城は当時の詩人、画家や小説家などが集まる「人気スポット」になりました。例えばイタリアの有名な詩人Comte Vittorio Alfieri(ヴィットーリオ・アルフィエーリ)公爵が、1785年に秘密の恋人のComtesse d’Albany(アルバニー女伯爵)とお城を訪れたという、大変ロマンティックなエピソードが語られています。そのカップルは1788年に結婚し、それはクドレー城で過ごした日々がどれほど幸せであったかの証拠である、と言われています。つまり好きな人と訪れれば、恋、または結婚をしたくなるほどロマンティックな雰囲気なのだ、といわれています。

しかしその華やかな時代も去ってゆき、19世紀の前半では、イタリアの政治家Cavor(カボール)氏の所有物になり、彼はそのお城に全然興味がなく、一度も訪れたことがなかったようでした。その結果、クドレー城は老朽化してゆき、結局農家になってしまいました。しかし、19世紀の後半は、ナポレオン皇帝の側近であったAnatole Bartholoni(アナトール・バルトローニ)氏が持ち主になり、そのお城を夏のレジデンスにしていたバルトローニ家の影響下で、目覚ましい発展を遂げました。

お城全体が丁寧に修復または拡大され、例えば天井や暖炉は、イタリアから持ってきた素材で修復され、建物全体がヨーロッパの一番優秀な職人さんの手によって改造されました。例えば、ルネッサンスというサロンは、フローレンスの木工が使われており、スペインの木材も持ち込まれています。つまりヨーロッパの当時の一番豪華なインテリアがそこに密集している、ということです。 (次号に続く)

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19世紀の後半にクドレーの持ち主であったアナトール・バルトローニ氏とその妻ジャンヌ。そのお金持ちの銀行家・政治家の影響により、クドレーは目覚ましい発展を遂げ、フランスの貴族や芸術家の注目を引いていました。バルトローニ夫婦の美しい娘ユージェニーはマルセル・プルーストを魅了し、彼の小説にも表れています。
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ホテルの前にあるデッキを散歩しました。夏はプライベートビーチで泳げるので、また夏にも来たいと思いました。
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お城の壁。昔は城塞の機能があったこと、良くわかります。
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部屋からの素晴らしい景色。レマン湖が遠くまで見えてとてもきれいでした。
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お城のプライベートビーチ。夏は泳げるから楽しそうです。
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中世の石からできた階段はそのまま残っています。上まで上がると、昔牢獄であったところまでたどり着くことができ、戦争の時代の雰囲気が感じられます。
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