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Crisis as a chance Ⅰ

コロナをチャンスとして生きる-フランスの思想家のヒント その1

コロナの危機は一向に収まる気配がなく、私たちの生活や社会への影響はこれまで以上に強くなっています。その不安な時代の中、様々な激動が起こっており、世界の人類に様々な疑問や悩みを抱かせる時期でもあります。
フランスでもスイスでも、あるいはもっと一般的にも、コロナが私たちの生活にどのような影響を与えてきたのか、について少し考えてみたいと思いました。

もちろん、多くの人々が社会的、経済的、心理的な影響を受けて、予想以上に長く続くこの危機に苦しんでいます。
フランスでは、危機の悪影響、外出禁止や規制、ソーシャルディスタンス、このウィルスで私たちの生活がひっくり返ってしまったことが話題になっており、メディアは1日中、その報道一色です。うんざりするまで毎日同じような、不安を煽っている情報ばかりです。

しかし、一部の人たちによると、この危機は、私たちのライフスタイルや価値観を向上させるためのチャンスとして捉えることもできるでしょう。日本語には、「危機」という熟語に、危険の「危」と「機会」の「機」が含まれています。その組み合わせからどんな危機にも好機(良い側面がある)という意味が含まれているようで、日本やこの漢字が由来する中国、「危機=チャンス」という考えがあるかもしれません。フランスにも、少し似た考えがあり、それをアピールしてきた有名な思想家の二人をご紹介したいと思います。

まず、世界的にも有名な精神科医と神経分析学者のBoris Cyrulnik(ボリス・シリルニク/1937年生まれ)がいます。ユダヤ出身で、戦時中の子供の頃、両親はナチスに送還され、アウシュヴィッツの強制収容所で亡くなりました。6歳の彼はナチスから辛うじて脱出することができ、ユダヤ系であることを隠すために偽名を使い、小さな村の農場に住み込んで、働きながら生き延びました。小さい時から、戦時中の強烈な体験から「人間の心を理解したい」と思い立ち、精神科医になると決意しました。

それから、自分の経験に基づき、人間が生き残るための力の根源がどこにあるかについて研究し、心理学で用いる「レジリエンス」(逆境にもかかわらず、へこたれない精神)という概念を提唱しました。それについてたくさんの書籍を出版し、一般に紹介したことでも有名な方です。そのほか、大きな問題(例えばシャルリー・エブドのようなテロ事件、被災)が起こったときに、よくメディアでその事件の社会的背景を説明し、生存者がその悲劇からどのように立ち直ることができるのか、について講演しています。

また世界中を巡り、特に苦しんでいる子供に対して様々な人道支援も行なっていらっしゃる、本格的なヒューマニストと言えます。2015年に日本にも訪れ、様々な講演を行ったそうです。みなさんも、彼の教えを知るチャンスがあれば、ぜひお勧めします。

シリルニクさんは、コロナ禍による危機について、大変興味深い考えを持ち、それについて幅広く発言しています。彼にとって「私たちの文化は連続した危機の果実である」と。人類の歴史の中で、災害は必ず社会的価値観の変化をもたらし、それに良い側面がたくさんある、と主張しています。例えば、ヨーロッパの人口の半分が死亡した1348年の大ペスト禍は、芸術に大きな変革をもたらしました。

この惨劇の前には、絵画に描かれた顔は無表情で、顔の表情も姿勢も服装も同じでしたが、その後、絵画に顔の表情が出てきて、衣装にも個人差のようなものが現れました。言い換えれば、大疫病は個人の人生の価値を高め、それを芸術にも表現するようになった、という興味深い説です。

彼にとって間違いなく、コロナウィルスは社会の価値観を変えてしまい、ポジティブな側面もたくさんあります。それはどのようなものでしょうか。危機は我々の人生のペースを減速させて、「経済スプリント」という、仕事をするための競争、利益を上げるための競争、仕事のために生きる態度を放棄することを余儀なくされている、と主張しています。

シリルニクは、例えば中世には、年間140日の宗教的な休日があったことを説明し、その時はみんなが、信者であっても信者でなくても、その日を休んでいました。その休みの日がとても大切にされていました。今日では、宗教の影響も薄くなりつつあり、生活と仕事のペースが益々速くなり、安堵のため息をつく暇もない状況になってきました。

コロナ禍のおかげで、考える時間ができて、ものの消費だけでは物足りないことにも気が付くだろう、と彼が言います。そして、直接病気にならなくても、ウィルスにより病気と死に立ち向かわされます。それで生きる意味、死ぬ意味についても考えさせられています。そのために、瞑想やヨガを実践する人が大幅に増えている、とシリルニクが言います。つまりコロナ禍は自分の精神力を向上させるチャンスでもあります。

そして、シリルニク氏は、コロナで心身共に苦しんでいる人々に対して、「レジリエンス」というコンセプトをアピールし、人間にはそれに立ち向かう力が十分内在している、と励ましてくれています。 (次号に続く)

連載コラム写真
「私たちの文化は連続した危機の果実である」と語るボリス・シリルニクさん (Boris Cyrulnik/1937年生まれのフランスの精神科医と精神分析学者)。レジリエンスというコンセプトのパイオニアで、逆境にもかかわらず人間の生き延びるための力の根源を探っています。コロナもそのようなレジリエンスが発揮できるチャンスになるでしょう。
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シリルニクさんは執筆がてら世界中を巡り、人道支援も行なっています。特に苦しんでいる子供たちのため、様々な支援活動に携わっています。ナチスによる家族の虐殺を乗り越えて、人間の善意と精神力を信じている方です。
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ヨーロッパの人口の半分が死亡した大ペスト禍の悲惨な風景を如実に描いているピエーテル・ブリューゲルの絵画「死の勝利」(1592)。しかもシリルニク氏によれば、大ペスト禍は価値観の変革をもたらし、絵画に人々の顔の表情が描かれるようになりました。
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